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 結界内への侵入に成功すると、その内側の番は聖寮管理の聖隷のみに任されていた。結界の外に転がっていた対魔士を見れば警備に手を抜いているわけではないのが分かる。人払いをするための戦略的な警備体制なのだろう。

「大事な儀式のはずなのに、表向きの式典とは随分様子が変わるなあ」
 この神殿だって、王都に作ったっていいはずだろうに。と、ロクロウ。
「パフォーマンスはパフォーマンス、本命はこちらということでしょうね」
 そう、王家まで巻き込んで行ったあの式典は表向きとしての色が強い。高位の対魔士というわけでもないリュイには、この場所で聖寮が行う真の目的までは知らされていない。聖寮に属したままであったなら、ここまで足を踏み入れることもできなかっただろう。
「そんなことで対魔士たちはよく統率が取れるもんだ」
「いまや人々の拠り所は聖寮だけですから」
 組織のやり方自体に異を唱える者は少ない。聖寮に身を置いていたリュイにはそれがよく分かる。対魔士の多くは、業魔に脅かされる人の世をどうにかしよう、と志願してやってきた者たちだ。その誰もが降臨の日をきっかけに霊応力に目覚めた者たちであり、いずれも聖寮を介して戦う術まで与えられている。謂わば平凡な善意の兵たち。生粋の戦士であるアルトリウスや上位対魔士たちとは資質が違うのだ。その上、アルトリウスのあのカリスマ性を見せられては、纏め上げるのはむしろ容易であるようにリュイには思えた。

 リュイたちのやりとりを耳に入れながら、ベルベットは苛立つ。
 結界を破って入ってきたのだから、内部にいるであろう術師にはそのことは知れているはずである。にも関わらず御座付近には半自動で蠢く聖隷のみ。
 こちらを歯牙にも掛けない様子の敵方の態度にベルベットの心は苛立っていた。──そうやって重い腰を上げないのなら、その慢心をいくらでも利用してやる。怒りを攻撃の意志に変えて、彼女は進む。

 一行が目を向けたのは拓けた空間にたったひとつ聳え立った白亜の建造物。無視するにはあまりに巨大なそれは、まさしく神殿と呼ぶに相応しい。
「これはこれはご多分に漏れず。お偉いさんは高い場所に座りたがるものじゃからのう」
 言いながら、マギルゥは意味深げにリュイの方を覗き込んでみせる。実際はその目線に意味深さのかけらもなく、単に聖寮を取っ掛かりにしてリュイを弄りたいだけである。こまごました悪意の塊である彼女の口は敵陣といえど、緊張感のかけらもなくクルクル回るようだった。
「そうですね、相手はそういった定石を踏まえる方のようだ」
 分かりやすくて大変よろしい。とリュイが返すとマギルゥはアテが外れたような顔になる。些末な悪意にいちいち構っていたのでは生まれながらの特権階級は務まらないのだ。

 だがマギルゥの言うことも誇張ではない。そもそも規格外の大型建造物は、その存在だけで聖寮の威光を知らしめる意味を持つ。これほど巨大なものは聖隷術なしではとても建てられないからだ。
 永い伝統を持つはずの王宮も、聖寮との結びつきが深まってからは着々と改築が進んでいる。

「なんだか、不思議なところだね」
 ライフィセットが誰に向けるわけでもなくぼやく。目と鼻の先にまで仇に近付いたベルベットの殺気は凄まじく、少年の些細な機微に目を向けられるほどの余裕は見られない。
 結界内へ入ってからというもの、聖寮由来の建物にばかり気を取られていたが、確かにこの場自体が独特の空気感を持った場所だ。ライフィセットはそれを敏感に感じ取っているらしい。

「ええ。聖寮の訓練施設もここと似たような雰囲気がありました」
 リュイが連想したのはロウライネの巨塔だった。対魔士であれば誰であれ、馴染みのある場所だ。ウェストガンド領の峡谷に聳える塔は、暗黒時代よりずっと前の人々が何らかの宗教的信仰のために建てた遺跡であるらしい。実のところこのような遺跡は世界各地で見つかっており、発見され次第聖寮が何らかの形で利用している。ここはそれらの雰囲気に少し似ているのだ。
(アルトリウスは、聖主の復活を謳っているのだったか……)
 ベルベットは聖主の存在を一蹴していたが、もしこれらの建築様式が何らかの法則でもって成立しているのであれば、聖主の復活という言葉にも信憑性が生まれてくる。
 もし、この先に聖主──神様がいるのだとして。

「もし、この先に本当に神様がいるとして、どう戦うつもりです?」
 リュイが問いかけると、先陣を切るベルベットが足早に歩きながら応える。
「この期に及んで臆病風?」
「作戦は必要だと思いますよ」
 アルトリウスの実力を一行の誰よりも理解しているのはベルベットに違いない。リュイは筆頭対魔士としての彼の一端を知るのみだ。それでも長刀を操る立ち振る舞いを鮮明に覚えている。彼は隻腕ではあるものの、その洗練された武に寄り添うように立ち昇る炎が、彼の失われた片腕以上の力を発揮しているようだった。まさしく魔を払う英雄。ここの全員が束になったところで果たして力が及ぶかは分からない。

「……そう。あんたシアリーズを知っているのね」
 リュイがアルトリウスの雄姿を目にしたのは開門の日の直後である。まだ聖隷という存在が民衆に詳らかにされていないときだ。リュイだってそれまでに聖隷を見たことはない。しかしアルトリウスの操る炎が、聖隷の力によるものだと、いまは理解できる。シアリーズとはきっと彼の使役する聖隷の名なのだ。
「その女はもう殺したわ。聖主だかなんだか知らないけど、シアリーズ以上に連携できるとは思えない」
 ベルベットの言葉が冷えた温度のままに響く。確かに、その通りかもしれない。
 リュイは聖隷と契約関係になったことがないため、その辺りの理解が薄いが、聖隷が個体ごとにそれぞれ特徴を持っていることはベルベットたちに同行するようになってからはよく知っている。一般に聖寮の使役聖隷が意志を制御されているとはいっても個々としての相性くらいはあるのだろう。契約したばかりの聖主と称される何者かとの連携が、一朝一夕で熟練の域に達するとは考えにくい。

「お手本レベルの希望的観測じゃな~」
 例え少々離れた場所にいたとしてもマギルゥはツッコミどころを聞き逃さない。
 彼女の茶化すような声は、しかし事実でもある。対策を打とうにも敵の情報が少ないということはよく分かった。本来であれば時期尚早といえるタイミングでの襲撃だ。

 それでも次にいつ巡ってくるか分からないチャンスを待つほどの余裕がベルベットにあるはずもないし、人命がかかっているアイゼンたち海賊の一団だっていつまでも手をこまねいているわけにはいかない。彼女たちほど切迫した理由を持たないリュイも、この機会を逃せば事態がより大きくなる、取り返しがつかなくなるのでは、という確かな予感があった。結果的に彼女たちのやり方に同調したからこそ、こうして導師のお膝元までやってきたのである。

「まあいいわ。作戦についてはあたしもきちんと伝えておきたかったし」
 ベルベットは踵を返して、同行者たちに振り返る。彼女の瞳の炎は煌々と燃えていたが、その獣のごとき炎は奥底に潜ませたままだ。いまは、まだ。

「聖隷はあたしが喰い剥がすわ。頭数ならこっちが今のところは優位よ」
 最後まで、一行は目的のための道連れであり、仲間と呼ぶには程遠い顔ぶれだった。それでも個々の戦闘能力に対して、女業魔はその価値をしっかり認めている。業魔、聖隷、人間を揃えた、バラバラではあるが、やれることは多いメンバーだ。そこらの手練れを相手取っても遅れをとることはないだろう。
 しかし相手はあの、アルトリウスだ。それが分からないほどベルベットは狂ってしまっているのだろうか。

「アルトリウスがただの人間になったら、あたしが突っ込んで攻撃をし続ける」

──ああ、違うのだ。ベルベットの言葉でリュイは理解した。
 彼女は相手の実力を理解している。自分の用いることができる駒と、相手の力を客観的に天秤にかけている。彼女にとっては自分すら、復讐のための駒の一つに過ぎないのだ。
「ライフィセット、あんたはあたしが動けるように回復術をかけ続けるのよ」
 ベルベットが提示したのは捨て身の特攻だった。倒れるまで相手を叩き続ける。自分の身など省みる気は微塵もない。そう言い切ったのだ。ライフィセットの瞳が揺れる。当然だ。そんなものは戦法とも言えない。愚かな獣のやり方だ。

「……それで、一体何分もつと? 貴方一人で?」
 ベルベットのやり方に異をとなえたのは意外にも、リュイであった。余計な口を挟まれ、ベルベットはまなざしを鋭くさせる。
「保たせるだけ保たせるわ」
「貴方、死ににきたわけではないでしょう?」
「生き死になんて、少なくともあんたには関係のないことよ」
 何を言っても、ベルベットは折れる気はないらしい。だがそんな愚策をリュイは受け入れることができない。

「ベルベット、しかし……」
 リュイの脳裏には、再びあの日の英雄の姿が思い出されていた。断ち切られる魔の姿。ベルベットはあの時の業魔だ。討たれるべき魔なのだ。
 なおも食い下がるリュイに、それまで努めて冷静な口振りだったベルベットが吼えた。

「あたしを人間扱いするな! あたしは業魔なのよ!」
 結局のところ、業魔となった彼女の激情を人間が理解することはできないのだ。彼女の生存理由は復讐。それ以外に構うことなどないのだと。
 リュイの視界の隅でライフィセットの瞳が翳るのが見えた。それすらも、いまのベルベットには取るに足らないものなのだ。

「あたしのやり方が飲み込めないなら、あんたとはこれまでね」
 それだけ言葉を吐いて、復讐鬼は背を向ける。
「最終決戦前に和を乱してどーする……」
 マギルゥの呆れた風を装っただけの、その実、目の前の茶番がおかしくて堪らない、という声がやけに浮いて聞こえた。

 

 一面の白亜で固められた広大な空間は祭儀的な役割以外のすべてを切り離したようであった。そこが張り詰めて、冷たく感じられたのは体感気温のせいだけではないだろう。
 奥に構えた巨大な祭壇のもとに導師アルトリウスはいた。一人、ただ座している。英雄の風格。覇者の佇まいだ。

 アルトリウスはゆっくりと開いた眼でまずベルベットを見、それからその後ろのリュイを見遣った。殺気に当てられても心を乱すことなくこちらに眼差しを送っている。

 復讐鬼ベルベットはアルトリウスの顔を見るやいなや目の色を変えて襲いかかる。それを男は刀一本で向かい受けた。
 戦闘が始まっても、聖隷はおろか、加勢の一人も来る様子はない。しかし、それにも関わらず、この気の抜けなさはなんだ。実際、刀を抜いたアルトリウスの立ち回りは、多勢相手であっても一切引けを取らないものだった。ベルベットの苛烈な攻撃も、マギルゥ、アイゼンの広範囲攻撃もすんでのところで躱し切ってみせる。お返しとばかりに繰り出す剣筋は洗練されていて、受ければ手痛い。
 たった少しの応戦で、力の差を見せつけたアルトリウスは、最後に大振りな動きでベルベットを退けた。彼女の身体が吹っ飛んでいく。

 そんな彼女に真っ先に駆け寄ったのはライフィセットだった。小さな背は倒れこむベルベットを支えるようにして覗き込む。アルトリウスの圧倒的な力を前にしても、ベルベットの瞳から闘志は消えておらず、むしろいっそう燃え上がったように仇を睨みつける。ライフィセットは彼女の指示通りに──望む通りに回復術をかけて、ベルベットを戦線に復帰させる。
 しかし、何度挑もうと戦局は変わらない。アルトリウスの振るう一閃は、そのどれもが致命傷になり得るものだ。それでも、ベルベットは止まらない。

 リュイはそんな彼女に加勢することもできず、繰り広げられる攻防を、どこか呆然と見ていた。獣と英雄。結果は明らかである。
 あと少し、あと少しというところでベルベットの切っ先はアルトリウスには届かない。

 しばらくの応戦ののち、アルトリウスの目の色がわずかに変わる。彼は食いかかる獣に視線を落としてから、高らかに宣言した。
──聖主、カノヌシ。
 長刀を捧げるかのごとく掲げ持ち、名を告げた。紛れもない、それこそが聖寮の切り札。人々を導く神の名だった。

 頭上から降り注ぐ厳かな光がアルトリウスへ降り注ぐ。
「この力、まさか本物か!」
 アイゼンの言葉は咄嗟に出たものだったが、何某かの確信を持って述べられたもののようだった。一同がそれぞれに動揺する。それを表す前に、聖主が発した光の“圧”によって、ベルベットたちは壁に叩きつけられてしまう。
「ライフィセット、回復を……」
「もう無理だよ、逃げないと、ベルベット……!」

 そんな切なるライフィセットの言葉に呼応したのは、ベルベットではなかった。
「今度は逃がしませんよ」

 万事休す。
 大扉を開けて、対魔士たちが現れる。特等対魔士メルキオルを先頭に、エレノアとオスカー、テレサの姉弟が続く。いずれもすっかり因縁のある顔ぶれだ。特にテレサは、憎々しげな顔を隠すことなくベルベットを、そして裏切り者であるリュイを見ている。もう一人の特等対魔士であるシグレ・ランゲツの姿は見えないが、彼がいないとしてもこの絶望的な戦況は変わらないだろう。

──まずい。テレサとライフィセットの契約関係はまだ継続されているはず。
 リュイは、咄嗟に立ち上がり、対魔士たちの前に立ちはだかる。
 もとより彼の目的は必ずしもアルトリウスである必要はなかった。彼の心に引っかかった疑問、違和感。それに答えが得られるのであれば。

「お前が儂の前に出るか」
 メルキオルの温度の低い眼差しがリュイを見る。謀反者から老体を守るようにオスカーが一歩前へ出た。彼の顔には痛ましい手当の後が残されたままだ。オスカーに構うことなく、メルキオルの言葉はリュイに再び向けられる。
「かけていた保険も意味を成さなかったようだな」
 その言葉の真意が分かるのはメルキオルとリュイ本人だけだ。

 リュイの有する能力──それは誓約によって得られている。メルキオルはリュイに先祖の能力を受け継がせ、誓約を与えた張本人だった。
 聖寮に属することになったリュイをまず迎え入れたのは彼だった。その第一声をリュイはよく覚えている。彼は言った。ランバートの倅か、と。
 自らも誓約の力によって、長命を得ている老対魔士は、なんと、自分の何代も前の当主である、初代ランバートを知っていると言うのだ。誓約、という存在を、勉強家のリュイ少年は知っていた。拘束をかけることで、ときに人間の領域を逸脱するほどの力を得る方法。それが自分にも使えるなら。家を、地位を、その一切を失ったリュイがそう願ったのは当然のことだった。メルキオルは求められるままに少年に力を与えた。課した誓約は『本心に背かないこと』。

 それこそがメルキオルのかけた保険だった。リュイの心に離反が芽生えればすぐに明らかになる、という仕掛けである。それをリュイ少年はすんなりと受け入れた。自分に後ろめたいことなどない、と本気で思っていたのである。実際、リュイには建前、二心というものがない。嘘や欺瞞は弱さが招くもの、との認識だ。そんなものだから制限を受けても不便に思ったことはなかったのだ。
 そのリュイが聖寮を真っ先に離れ、ベルベット一行と行動をともにしなければならなかったのはひとえにこの制限のせいだ。一度自覚してしまった不信や疑惑は消せない。それはリュイの生きてきた人生の中ではじめての経験だった。

 だからこれはいい機会だ。リュイは口を開く。張りつめられた緊張感のなか、状況の打開に頭を巡らせながらの言葉だ。

「特等対魔士殿、お応えいただきたい。業魔病とは……、“病”だなどと、なぜそのような嘘を流布するのです?」

 開門の日。それは地獄と通ずる門が開かれた、と人々が称した日である。
 多くの人間の世界が変わった。彼らの前に異形の化け物、業魔が現れた。隣人がある日突然化け物になる恐怖の世界。その世界は。
──それはリュイにとっては当たり前の世界だった。

 聖寮の理屈では、あの日はじめて業魔を見た人間しか騙せない。これは後々知ったことだが、霊応力にはもともといくつかの段階があり、聖隷を視認するほどの才能を持たないまでも、それより質の低い霊応力で業魔を視ることがあるのだという。時として伝承に現れる化け物たちがそれに当たる。リュイは生まれながらにして業魔を視ることができる人間だった。
 そんなリュイからすれば、いま世を脅かせている事態が、病によるものでないことは明白だったのだ。

 その帰結はメルキオルにとってはある程度予想していたことなのだろう。リュイの告白を受けても古老の瞳は凪いでいる。
「大衆は愚かだ。全てを知ることはときに猛毒となる。理解できないわけではあるまい」
「おっしゃる通りの理由であれば理解できます。でも貴方がたのやりかたでは余計に民を脅えさせるだけのように、私には思える」
 リュイの言葉は次から次に沸いて出てくる。通りの良い声は場を支配する。誓約で得た能力など使っていない。彼自身の上に立つ者の資質によるものだ。

「のみならず、聖隷が意思持つ存在であることを知りながら、誤った情報でそれを隠したことも。向き合うべき問題を自己都合で秘匿して、民衆の目を塞ぎ続ける、それは悪い為政者のすることです」
 彼を突き動かすのは貴族として生まれた者の矜持。高らかな、演説にも似たそれの驚くべきところは吐かれる言葉の一切が偽りのない“本心”であることだ。それがリュイの持つ異常性だった。

「そうか、君はあくまで貴族としてのあり方に殉じるということか」
 唖然とするテレサの傍らでリュイに応えたのはオスカーだった。リュイの異常性はオスカーにとっていまに始まったことではない。彼の貴族由来の無私はいままで対魔士としてうまく機能していたのだ。しかしその貴族としての矜持と聖寮の対魔士であることと、どちらも抱えたままでは不具合が生じる。リュイは前者を、オスカーは後者を選んだというだけ。たったそれだけの決定的な差が二人にはあった。

 黙したままのメルキオルの代わりにオスカーが剣を抜いた。もはや問答は無用、ということだろう。たった一瞬で間合いを詰めると、渾身の力でリュイに一太刀浴びせた。アルトリウスと相対したあとだ。どちらが有利かは明らかだった。すかさずリュイもオスカーの攻撃に応戦する。だが、万全の彼相手では分が悪い。続けてもう一太刀受けてしまう。
「オスカー!」
 弟が戦闘の意志を露わにしたことで、テレサも攻勢へ転ずる。かつてライフィセットの片割れだった少年聖隷が現れ、氷の礫を放った。

 その切っ先をアイゼンの拳が撃ち落とす。
 それを皮切りにロクロウ、マギルゥが技を放った。いずれも満身創痍だが、これが抵抗のための最後の機会だ。往生際の悪い動きに、テレサは苛立つ。
「2号!! 何をしている!さっさとその業魔を殺しなさい!」
 苛立ちのままに叫んだのはライフィセットのかつての呼称だった。彼女は自分の所有物である彼に命じる。ベルベットを始末して、その後自分の命をも断て、と。
「テレサ、何てことを!」
 その非情な命令に、リュイは非難の声をあげる。まだ彼女とライフィセットの契約は続いている。命ぜられればそれは絶対の意味となってしまう……。

 そんなリュイの隙をオスカーは見逃さない。一撃、力強い一閃がリュイの腹部を斬り裂いた。
 リュイは崩れそうになる自分の身体をなんとか、膝で支える。がくり、視界が歪む。いや、それだけではない。空気全体が歪んだような気さえする。

「──リュイ! 飛び込むぞ!」
 そんな声に連れられるまま、彼の意識は暗転した。