祐介といるとやりにくい。これは偽りのない本音だ。
彼のあり方があまりに特殊で未知数だから、自分の行動の逐一が「これで良かったのだろうか?」の繰り返しなのだ。同性で年下で、懐かれてしまったところまでは良かった。ただの保護者役、兄貴分でいられるから。それならいままでの人生で経験がなかったわけじゃない。だが前の告白にあったように、祐介は本当に真っ直ぐ俺を好きでいつづけてくれている。一般的な片想いか、場合によってはそれ以上の熱量で。それじゃ自分は男として、彼氏役に徹すればいいのかというと、それもまったく違う。もし俺が祐介をいままでの恋人と同じように扱おうとしたならば、何と言われようと断固として危険な場には連れて行かない。
俺の留守中に起こった窃盗未遂について、その当事者になってしまった祐介は頑として俺の説得を聞き入れなかった。彼の真面目な顔つきからは好きな相手を危険に晒したくないという気持ちがありありと見て取れた。俺も男だから、分かる。相手が困っていて、それを知っているのに何もできないことほどつらいこともないだろう。他の誰でもなく自分が力になりたいと、そう思うのは当然のことだ。……その相手が、俺、なのが非常にやりにくいところなのだが。
「大丈夫か?」
そもそもこいつの健康状態に我慢しきれず合鍵を渡してしまったのが悪手だったか。いや、でも、あれは仕方ないよなあ……と、反省してるのかどうか分からない思考に頭を悩ませていると、祐介がすぐ隣で心配そうに俺を覗き込んだ。本来なら、こんな風に真っ向から誰かに心配されることだって結構慣れないことなのだ。むず痒い気持ちになるのを俺はなんとか振り払った。
「ああ。お前こそ、余計なこと喋ったりするなよ」
今から昨日祐介が接触したという女と会うことになっている。彼女は俺が警察時代に事件絡みで知り合った人物だ。あらかじめ送り付けられていた宛先に連絡をつけると彼女は二つ返事でそれに応じた。
昨日の今日で、というのはあったが、なにやら興奮し、このままでは何をしでかすか分からない様子の祐介を見ていると問題の解決は早い方がいいと思ったのだ。
示し合わせた通りに女は夕暮れの喫茶店へやってきた。それを視界で捉えつつ、横目で祐介を窺うと、彼は数度首を縦に揺らす。やはり昨日の女は彼女で間違いない様だ。彼女はまったく悪びれる様子もなく、いたって平凡な足取りで俺たちの向かいの席へ着く。
「今日は誘ってくれてありがとう」
俺たちの様子は傍から見れば何の問題もない、平凡な三人組に見えることだろう。それくらい、彼女の態度は特別さのかけらもない普通のものだった。だが、その目だけは相席している祐介のことなど一瞥もせず、ただ俺だけを見ていた。
祐介には詳細に話していないが、彼女はとある事件の被害者として俺や当時の同僚の前に現れた人物だ。その時のことを思えば、ここまで立ち直り、見た目だけでも社会的に復帰できていることに安心もする。だからこそ今までこちらも放置してきてしまったわけだが。
その僅かな安堵が表に出ないよう、気を引き締めて本題へ入る。このような犯罪まがいの行為はやめてくれと、淡々と言って聞かせた。だがその切実さとは裏腹に彼女の相槌の感覚はどんどん空いていく。
「君がどういうつもりか知らないが俺は君の気持ちに応える気はない」
そうはっきりと伝えると、彼女は瞳を潤ませた。店内の視線が突き刺さる。きっといまの俺はかなりの悪人のように見えているだろう。
彼女が吐く小さな嗚咽を拾わずに耐えていると、やがてその目は俺の隣へ向いた。憎しみのこもった目つき。不意に女が祐介の方へ手を伸ばした。俺はほとんど反射的にその細い手首を掴む。
「第三者を巻き込むな」
つい、かなり強めの声が出てしまう。彼女に同情すると同時に、多分昨日から俺は苛立ってもいたのだ。祐介を巻き込むのはお門違いで、到底許せることではなかった。良くも悪くも俺の本音は彼女に伝わったろう。彼女の目は変貌する。いつのまにか涙も止まっていた。そして一言こう告げる。
「私、貴方の秘密を知ってるのよ」
強く、切れ味のある語調だった。その真意を確認するより先に、彼女は勢いよく席を立つと、きびきびした足取りで立ち去ってしまった。手の付けられていない三人分のコーヒーだけが残る。去り際の身のこなしが異様に早い。
呆気にとられたまま視線だけで隣を確認すると、目が合った瞬間、祐介はぽっと目もとを赤らませた。
「十眞、格好いい奴だなお前は……」
暢気か。
どうやら目の前で庇われたことがお気に召したらしい。別に、そうするだろ。そりゃ、誰だって。
「俺の管理の甘さで巻き込んでるんだ。喜ぶところじゃない」
言ったところで、祐介は感情全般を隠すのがド下手なので意味をなさない。場違いな喜びに浸っているらしい彼をひとまず置いておき、俺は頭を悩ませる。あの様子では問題は解決したとは言い難い。きっとこれで終わりとはいかないだろう。去り際の言葉も放置できない。もし、彼女がストーキング過程で知りえてはいけない何かを知っていたとしたら。
「甘いといえば、確かに十眞は甘い」
重い溜め息をつく俺の横で、祐介はコーヒーカップを持ち上げつつ言う。
「あの女がそう易々とお前のことを諦めると思っているところがな。だから俺は心配なんだ」
余計なことを言うなという事前の決まり事を律儀に達成した彼は、ようやくありつけたコーヒーをすぐに飲み干してしまう。
「恋愛感情は厄介だぞ、十眞」
つい最近までそれを知らなかったのだという彼はいやに分かり切ったような顔で言う。だが、確かに祐介の言う通りだ。彼女の想いとお前の気持ちが同じ部類のものとは全く思わないが。
「警察に相談でもするか?」
「いや、それはな……ううん……」
祐介のありきたりな提案を俺は容易に良しとはできない。今のところ然程の実害がないからというのもそうだ。何より不必要におおごとにはしたくない。
万策尽きた、ということだろうか。俺にできることは彼女が納得するまで何回でも会って、説得するということだ。ただしそれがどれだけ効果があるかも分からない。
恐ろしく肝の据わった祐介は、立ち去った女のことよりも彼女が一度も手をつけずに残していったコーヒーカップのほうが余程気になるようだ。お前が勿体無いお化けなことは知ってるが、それに手はつけるなよ。
とはいえ、祐介が平然としてることがいまは数少ない救いに思える。少なくとも怖がらせたりはしていないようだ。祐介は単に図太いだけでなく、こちらが考えるよりはずっと強い。
俺はそれを思い知りながら、喫茶店のメニューを手渡す。途端、小洒落た字体や料理写真に夢中になる祐介を傍らに、俺の苦悩はしばらく収まりそうもない。
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