「俺の想い人がストーカー被害に遭っている」
まず簡潔に用件を告げると一様に奇妙そうな顔がこちらを見た。いまはメメントスのターゲットについての作戦会議中だ。怪盗団メンバーは各々好きな位置に腰かけ顔を突き合わせている。集合場所が屋内になったことは概ね好評である。俺としてもルブランの屋根裏は比較的涼が取れるため高評価だ。
さて、そんなリラックスした状態の面々であったのが、いまは似たような表情をして一斉にこちらに注目している。確かにストーカーは許しがたい犯罪行為であるので驚くのは理解できるのだが。一拍ほど置いて、やっと仲間が口を開く。
「想い人ぉ!?」
ボリュームのある声量が三重四重にかさなるものだからかなりの騒音になった。俺は眉を顰める。
「それでその加害者についてなんだが」
「ま、待って、待って。分かったけど、その話は聞くけど色々と唐突すぎるから!」
初耳なんだけど!と、半ば叫ぶように発声したのは杏だ。そうか。彼女にとってはまずそこの部分が気になるわけか。杏の言葉に続いて不躾な言い方で詰め寄るのは勿論竜司である。
「お前の想像上の話じゃなくて?」
「失敬な。実在しているに決まっているだろう」
少々苛立った口調で返すと、それ以上存在についての追求はなかった。いつの間にか皆、前のめりぎみに俺の話に耳を傾けている。その真摯な反応に俺は安堵し、順序立てて一昨日から起こっていることの説明をしはじめた。
話が進むごとに「相手社会人なんだ……」「合鍵持ち……」などのぼやきが聞こえたが、いまは状況説明のほうが重要なので聞き流しておく。
「でもその人も勇気あるわね。そんな相手と直接話して決着をつけようなんて」
と、感心するような声色で真が告げるので俺はなんとなく得意な気分になる。そうなのだ。十眞には勇気があり、たとえ相手が危害を加えんとする犯罪者であっても穏便にすませようとする度量の深さがある。そんな十眞が女の捨て台詞に対して明らかに困っていた。
「ヒミツを知っている……、ずいぶん意味深ね。どういう意味かしら」
「わからない。だが知られると不都合があるんだろう」
そしてそれを引き合いに出すということは相手は十眞が不都合に思うことすら織り込み済みということだ。それが俺には分からない。十眞のことを想うのならば、何故嫌がることをするのだろうか。考えたところで犯罪者の思考などが理解できるとは思えないが……。
「ちょっと待てよ。お前、その人のヒミツってのがなんなのか知らねえわけ?」
そこで、何か引っかかったらしい竜司が少々声を荒げる。そう。十眞が一体何を知られることを怖れているのか、俺は知らない。彼が嫌がるだろうことをわざわざ暴こうと思ったこともない。そう告げると竜司だけでなく、他のメンバーの表情もどことなく曇っていく。あいつの秘密がなんなのか俺には見当もつかない。つきはしないが。
「あいつが困っていることは確かだ。助けになりたい」
怪盗団のルールは全会一致だ。一人でも異論がある場合は問題は先送りにされる。本来、俺たちが行っている怪盗行為は非合法なやり方であり、それ以外の解決方法があるならばそれに越したことはないからである。
「あの人のことなら、俺も手を貸すよ」
それまで聞き手に徹していたリーダーが初めて口を開いた。
「暁……っ!」
「祐介とあの人のことだと、俺も無関係とは言えないし」
そうだ。つい誰も知らないことのように話してしまったが、暁とモルガナは十眞に会ったことがある。彼の善良性については少なからず知っているはずだ。やはり暁はいつだって頼れるリーダーなのだ。俺の機嫌は上向く。
「え、なになに、キミ祐介の好きな人についてなんか知ってんの!?」
「なんでんな面白えこと黙ってられるわけ!? 逆にすげえわ!」
杏、竜司が雪崩れるように暁へ向かっていく。楽しそうなのは大変いいことだが。
「それで、この件について協力はしてもらえるんだろうか」
俺としては一刻も早く十眞の問題を解決してやりたくて仕方がないのだ。そのことに焦れて、つい答えをせっついてしまうと、暁に絡んでいる竜司が首だけでこちらへ向いた。
「する。惚れた奴を助けたいなんてカッケーじゃん」
にやりと笑う竜司に続いて、その場の全員が賛成の声をあげた。志を合わせてくれる仲間が出来るなんて、つい数か月前は想像もしなかったというのに。
「あと単純に祐介の恋愛事とか絶対面白えし」
「面白がるだけなら置いていくぞ」
「バッカ! 俺がいなきゃ始まんねえだろ!」
見直した気持ちを早々に改める。やはり竜司は竜司のようだ。
欲望。とくに歪んだ欲望は、ものによって規模に差がある、というのを俺たちは既に学んでいた。あらかじめ十眞から聞いておいたストーカー女の名前を探ると、それは大衆のパレスであるというメメントスに潜んでいることが分かった。シャドウに遭遇するたび、俺は真っ先に車から降りて先陣を切る。
自惚れと言われようと構わない。十眞があの女にコンタクトを取ったのはおそらく、俺が関わってしまったからなのだ。
でなければ、いままで放置してきたことの説明がつかない。彼女が俺に危害を加えるのではと、きっとそれを真っ先に憂慮したのだ。それがいまの事態を引き起こしてしまった。俺に責任がある。ならば俺が解決しなくてどうする。その一心で禍々しい異空間を突き進む。心なしかいつもより刀のキレも増している気さえする。尻尾飾りの揺れも絶好調だ。
「ちょ、ちょっとフォックス、体力配分も考えて!」
「いやフォックス、思いっきりいけ。カレーならたくさん作ってきた」
「ジョーカー、かたじけない!」
ジョーカーのカレーがついている今の俺を止められるものはいないのだ。
「……なによ、こんなところまで来て」
そんな調子で突き進んだ先。階層の奥の奥に、そいつはいた。
昨日見たのと同じ女性が恨みがまし気な様子を隠すことなくこちらを睨めつけた。あちらも感情剥き出しといったところだろう。
「神妙にしろ。改心の時間だ」
話を聞く気は毛頭ない。即刻俺の十眞からは手を引いてもらう。俺は腰元の柄に手をかけ、抜刀の姿勢を取った。
「そう、それなのよ。貴方のその態度、ずっと気に食わなかったの」
女のシャドウはまだ正体を現さない。いつ戦闘が始まるか知れない、緊迫した空気が走る。それなのに、俺が後方の仲間たちに視線を送ると、なぜか彼らはぽかんとした阿呆面でこちらを見ていた。いよいよ今日の本命との戦いだというのに一体どうしたというんだ。
「いえ。えっと……、まさか女性が待ってるなんて思わなくって……ええと……?」
確かに、ターゲットの詳細については何も教えていなかったな。
「ええ。そうね。ちょっと待って。いま整理するから……、その人はフォックスが好きな人のストーカーで……、つまりフォックスが好きなのって……いえ、否定する気はないのよ? でもちょっと吃驚して」
「なんだ、そんなことか。十眞は男だが」
煮え切らず、放っておけばいつまでも問答を続けていそうなクイーンの結論を俺が肩代わりする。そうか。俺の中では既に当然のことすぎて、確かにそれも事前に言っていなかったな。それがそんなに重要なことだろうか。十眞本人にはよく年齢差のことは問い質されるが、性別については一度も話題にされたことがない。
「ジョーカー、そういうことなの?」
「そういうことだ」
「えええ……。でもフォックスだし……フォックスだしなあ……」
敵前だぞ、しっかりしてくれ。俺がそんな思いでいると、目の前の女を取り巻く空気が変わった。
「いいのよ、男とか女とか。そんなことはどうでも」
言葉節のノイズが強くなる。女が一歩踏み込むと、一瞬にしてその身体は変貌した。敵性シャドウが姿を現す。
「私が言いたいのはねえ……!順序を守れってことなの! 私の方が先に彼を見ていたのに、常識知らずなのをいいことに彼に付きまとって!!」
狂ったように叫びながら放たれた攻撃を刀で弾き返す。念動系の力だ。分が悪い。
「付きまとってなどいない!!」
「はああああ!!?? あんた散々彼の家の前で帰宅待ちしたり押し掛けたりしてたじゃないのよなんなの!!??」
「会いたかったので勝手に待たせてもらっただけだ!! 言いがかりはやめろ!!」
「ストーカー対ストーカーじゃねえか!!」
もはやターン制など知ったことか。ほとんど俺と女の一騎打ちに、竜司の叫び声が響いた。
それよりも気になるのは女の言動のほうだ。まるで今までのことを見てきたかのように話す。それは本当に長い間この女が十眞に迷惑行為を働いてきた何よりの証拠だ。絶対に許すわけにはいかない。
理性など感じられない、めちゃくちゃな攻撃の僅かな隙に俺は今日初めてペルソナを呼び出した。おかげで気力は有り余っている。
「……それほど見ていたというなら分かるだろう、俺はしっかり十眞に招かれて家に入ったぞ」
女の言葉のおかげで彼が俺を受け入れてくれた日のことがはっきりと思い出される。俺とこの女は違う。それだけは自信をもって断言できる。
「どうだ? 貴様は俺と十眞のやり取りを聞いていたんだろう。でなければ俺が合鍵を貰ったことも知らないはずだからな」
とんでもない犯罪行為だが、いまはそれを逆手に取ることにする。
「卑怯な手を使うばかりの貴様と俺が同じと思うな。今日限り十眞からは手を引いてもらう」
言葉ではそう言いながら、女に同情の気持ちがないわけじゃない。同じ人を好きになったのだから。哀れだ。十眞には俺がいる。他の者が付け入る隙間はないと言っていい。
俺のペルソナ、ゴエモンの冷気がシャドウの足元から氷漬けにしていく。勝負は決まった。
「順番など関係ない。十眞を愛するのはこの俺だ」
渾身の力で刀を振るうと化け物染みた影が壊れ、もとの等身大の女の姿に戻る。
改心したところで恋心まではなくなることはないだろう。そう簡単に捨てられるものではない。これもきっと以前の俺ならば分からなかったことだ。
意気消沈した女に監視カメラの在処を聞いておくのも忘れない。早いところそちらも処分しなくては。
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