──もし、だ。
もし、十眞が俺と同年代だったなら。
そんな想像をしたことは一度や二度ではない。言うまでもなく、時間は不可逆である。なのでこれは単なる思考実験。空想の一端だ。
誓って、いまの彼に不満があるわけではない。しかし彼の俺への接し方はつねに年齢差というものが前提に置かれているとは思う。実際、9年の差はそう簡単には埋めようもない。俺にはそれが時々歯痒くもあるのだ。もし、俺と彼が同年代であったなら、きっと俺に対する彼の態度はいまとは違うものだったはずだ。たとえば、もっと容易く俺を頼ったりだとか、そんな具合に。
大概そんなところまで考えるとこの思考は行き詰まる。それはそうだ。頭の中でシミュレーションするには材料が足らなすぎる。
だから、これほど具体的に高校生である彼をイメージできたことなんてない。それなのに目の前のこの事態は一体なんだ。
「……十眞?」
それはほとんど意識の外から出てきた台詞だった。愛する人の名を呼ぶと、見知らぬ顔は驚きに目を丸くする。シャツ、ネクタイ、ブレザーの三つ揃え。首元が第二ボタンまで開かれているところを見ると、あまり品行方正なタイプとはいえないかもしれない。未成熟な身体を学生服に押し込めた男子がわずかに低い位置から俺を見ている。この目の色を知っている。俺を揺さぶり、喜怒哀楽を片っ端から生み出させるあの瞳だ。ああ、どうして知らない顔だなんて一瞬でも思ってしまったのだろう。この目も、柔らかな髪の質も、全部誰のものかなんて分かりきったことじゃないか。
それが分かると、もう俺は居ても立っても居られず、無防備に固まったままのその身体を覆い被さるように抱きしめた。こんな風に彼を抱きしめることなんて、なんだか酷く久し振りのことのような気がする。
「は? えっ、何……!?」
密着した十眞は少し遅れて、反応を示した。腕の中の身体が強張って硬くなる。何を緊張することがあるのだろう。
「ああ十眞、この姿は一体どういうことだ? これは俺への褒美か何かだろうか、それとも夢か? いや、どちらでも構わんな。こんなチャンスまたとないはずだ、よく見せてくれ!」
「お前何言って、ていうか名前、」
「俺は感動している!」
「さっきから何わけの分からないこと……」
抱く腕に力を入れると身体の薄さが肌から伝わってくる。いや、いまの彼だってけして細いわけではない。それでも成長しきった際の抱き心地を知っている俺の身体はその違いをしっかりと認識していた。途端に知的好奇心がむくむくと沸いてくる。もっとよく触って確かめなくては。そんな想いに駆られ、俺は一思いに彼のシャツの中へ手を突っ込んだ。
「──ッ、」
瞬間、彼が息を詰める。
その情報が脳へ送られたのとほぼ同時に俺は宙を舞った。そう、デジャヴである。いつかと違って俺を待っていたのは硬く冷たい床だった。思い切り肩から落下する。相変わらず自分の身に何が起こったかは分からなかったが、身体の痛みからして、十眞はまず密着した体勢から俺の足を踏みつけ、俺が痛みに力を緩ませたところですかさず懐に入り込み、見事な投げ技を決めたらしかった。そうか、彼の熟練の動きはもうこの頃には完成されていたのだな……。
「祐介、もういいか?」
俺が惚れ惚れとしていると、少し離れたところから落ち着き払った声がかかる。有事であろうとどんなときも冷静な声はよく馴染みがあるものだ。俺は床に転がった姿勢のままそちらに顔を向ける。そこにはよく見知った連中が勢揃いしていた。
「暁、いたのか」
「ああ。見てたぞ、犯行の一部始終」
「犯行?」
リーダーである彼の言動の意図に疑問符を浮かべつつ、俺はなんとか立ち上がる。するとそれを見た十眞は視線をこちらに向けたまま後退していってしまう。
「どこへ行くんだ十眞……?」
「どこも何も、ここどこ、」
十眞の言葉で俺も改めてあたりを見回す。
全体の明度を落とした部屋に色取り取りの煌びやかな照明がいくつも点っている。後方にはステージのような場所も見え、どこか非現実的な内装は、ここがイセカイであることをにわかに伝えていた。
いつのまにこんな場所に。というか、いつもの怪盗団メンバーがいること自体はいい。しかしここに十眞が居合わせているのは一体どういうことだ?その上……、──俺の考えはそこで行き止まった。というより、止まらざるを得なくなったのだ。無論、彼が次に吐いた言葉によって。
「っつうか、お前、誰」
まだ後退りし続ける十眞は間違いなくそう言った。疑惑たっぷりの目は俺の方を向いている。なんだ。彼は何と言ったんだ。あまりに信じがたい自体に、俺は自分の思考回路全体が仕事を放棄するのを感じた。一縷の望みをかけて、後ろを振り返る。こちらを見守っている暁は能面のような顔で首を横に振るのみだった。つまり、十眞の言葉は他でもない俺に向けられている、と。
理解した途端、急激に血の気が引いていく。そんな、そんな残酷なことが。
「俺だ! 思い出してくれ!」
「思い出すも何も知らねえんだって! 誰だお前!」
縋り付く俺の悲痛な声は即座に切り捨てられてしまう。だがこちらも必死だ。幸い、いまの十眞より俺の方が体格は優っている。俺を押し返そうとする彼の肩を掴んで懇願した。
「やばい、やばいって。祐介、もうその辺で!」
「今のお前わりと言い逃れできないほど変質者だぞ!」
「止めてくれるな!!」
それまで静観していた仲間たちが俺を十眞から引き剥がそうとする。何故止める。彼の心から俺が一切消えてしまっているんだぞ。こんな悲しいことがあるか。数人がかりとなんとか拮抗しながら、俺は十眞を見る。その目の中には、もう俺は存在しないんだろうか。
「く、この、離せって……ッへ、変態!」
──へんたい。
飛び出してきた声色は、やはりどこまでも俺の知っている十眞のもので。それは確かに他人から仲間から、何度か吹きかけられた覚えのある言葉ではある。しかし、十眞からは一度だってそんなこと、それが他でもない彼の口から。へんたい。
俺は一気に力が抜けてしまう。それを好機とばかりに怪盗団の仲間たちが俺から十眞を剥がしてしまった。温もりが離れていく。しかも、へんたい。
「ふ、ふふ、ははは」
「おイナリ壊れた!」
「つか、泣いてね?コエーんだけど」
.
P5ダンス時空の話でした。夢の中の世界だからなんでも起こる。