悪魔は掌で踊る

「──」
 甘い声は高らかに、掲げた花を見つめる。スポットライトを一身に受ける姿は、まるでこの世に生き物は彼一人だけになってしまったかのような錯覚を与える。彼だけが舞台に立つ、それはどんなに美しい世界だろう。途方もない妄想だ。これは舞台上のフィクションに過ぎない。それでも観客にそう思わせるだけの力が、彼にはあった。

「私は貴方だけを愛そう」
 こちらを蕩けさせるだけではない、乞うような懇願の色まで含ませた台詞から、彼の姿から、観客席の悪魔は目を離せないでいた。

──この世においてナナシを愛さない者はいない。
 そのように囁き合うのは王都で一番と評判の劇団員たちだ。ナナシはそこの花形男優だった。彼と出会った人間は、みな大なり小なり彼の魅力に囚われてしまう。舞台を降りてなお、彼の人を惹きつける引力は健在だ。
 つくづく俳優は彼の天職で、不特定多数から向けられる愛憎の類を、ナナシは一身に受けて、けして拒まなかった。それらは単なる観客、ファンの域をしばしば逸脱していたが、それをも全てナナシは難なく受け入れてしまう。つまり簡単に言えば、相手が望みさえすれば彼は関係を持つことも拒絶しないのだ。しかもその相手が複数になろうが老若男女だろうが意に介さないというのだから恐れ入る。
 その来る者を拒まない姿勢の、あまりの常識外れさは、倫理観が欠如しているだの不実だのという一般論を向けられる程度を優に超えていた。彼に対してそんなありきたりな批判をぶつけることに何の意味があろうか。だって、彼を愛さない者などいないのだから。

 そう言い合う劇団員たちですら、彼の魔性に抗える者はおらず。とはいえ彼とのプライベートを敢えて口外する者もいないので、そこに目くじらを立てるのは野暮である。それはナナシを巡るあらゆる諍いごとを真近で見てきた彼らなりの防衛線でもあった。

「ああ。ありがとうジャクリーン」
 そんな彼なので、楽屋裏でファンが待ち構えているのもいつものことだ。中にはすでに彼と関係を持った相手もいるだろうが、隔たりなく、ナナシは一人一人丁寧に声をかけていく。
「サムも、また来てくれて嬉しいよ」
 矢継ぎ早に感想を伝えてきたり、憧れの彼を前にして何も言えなくなってしまったりと、ファンの反応は様々だ。だが、皆一様に熱に浮かされたようにナナシを見つめている。
 やがて抱える差し入れで身動きが取りにくくなったころ、遠くの方から一対の視線を感じてナナシは顔を向けた。

 出口へ向かう通路側の、人目を避けた場所からこちらを見ている瞳がある。その男の出で立ちに、少なくともナナシは覚えがない。ひと時も目を逸らさずこちらを熱心に見つめていることから、目当てが自分であることは明白だ。となれば声をかけない理由はない。佇む男へ、ナナシはゆっくりと歩み寄った。
 その人物はナナシが自分に近づいてくることを認めると、僅かに身を硬くさせる。琥珀の、暗がりで光るような色合いの瞳が瞬く。美しい色だ。それを目にしてナナシは彼が会ったことがない人物だという認識を強めた。初対面の彼に、ナナシは微笑でもって挨拶をする。

「……こんばんは」
 少々ぎこちなく返してきた相手の背丈は高い。ナナシだって背格好は良い。そんなものだから、会話のために僅かに目線を上に遣らなければならないのは新鮮なことだった。
 彼が一人のもとに歩み寄ることでナナシ目当てのざわつきも徐々に静かになる。劇団員たちからもそろそろお開きか、という空気が流れ始めた。それがお決まりの流れだからだ。

「場所を移しましょうか」
 と、誘い文句を口にすると、どこからか、またナナシのお持ち帰りだ、などと声があがった。

 二人が連れ立って向かった先は大通りにあるバーだった。公演のある日は外へ出られるのがすっかり夜更けとなるナナシが、この時間でも利用できる店について詳しいのは必然といえよう。劇場からそう離れてもいない店まで二人はとくに会話もなく歩いていく。
 道案内代わりに前を行くナナシと数歩ぶん距離をおいて、彼はおとなしくついてくるのみ。石畳を叩く靴音が耳に届くほどの沈黙であった。ナナシがなにげなく目を向けると、仕立てのいいショートブーツが一揃え見えた。男の風貌からは町の住人らしさはなく、纏う雰囲気は貴人のそれにも思える。それなりの身分の男なのかもしれないな、とナナシがそんなことを想像しているうちに目的の場所へたどり着いた。
 常連も多いらしい店内はそこそこに席が埋まってはいたが、二人分が収まるだけのスペースは十分にある。その中のカウンター席に腰を落ち着けると、ようやくお誘いの相手が口を開いた。

「今日のあの花、一体どういうつもりですか」
 男の様子は真剣みを帯びていて、思わずナナシは目を細める。

「ああ、やはり。あれは貴方だったんですね」
 それはパズルのピースがぱちりとあう感覚に似ていた。相手が初対面であることは確かだが、その人物についてナナシは心当たりがあったのだ。

 一座の花形である彼には公演ごとに様々な贈り物が届く。色とりどりの花もその一つだった。
 ナナシは観客からの心遣いの証である花々を愛でるのが好きだ。それらを手に取りながら、添えられたメッセージに目を通していくのが公演後の習慣でもあった。遠慮がちに一言を添えただけのもの、もはや手紙と呼べるほどの文量のものなど贈り主によって体裁は異なるものの、大抵そこには相手の名前が記されている。憧れの彼に自分を覚えてもらいたい。花はその気持ちを介する手段だからだ。
 そんななか、数ある花たちのなかに一切記名のないものが混ざり始める。初めは一輪の薔薇だった。公演のたび届けられる匿名のガーベラ、ダリア、エーデルワイス……。
 ナナシが花の名前を諳んじていくのを、男は意外そうな顔で見ている。
「……覚えているんですか」
 その言葉にナナシは微笑で答えた。物覚えがいいのは職業柄だ。そのうえ、観客からのリアクションは彼にとっては十分心に留めておくに値するものでもあった。

「でも、もっと年若い方からのものかと思っていたので、なんだか意外で」
 匿名の贈り主はナナシにとって大いに好奇心を擽られるものだった。シンプルで可憐なブーケ。そこからはナナシの演技への純粋な好意が十分に感じられた。ほかの花々と比べればどこか控えめですらあるそれが届けられると、ナナシはいつも穏やかな気持ちになる。
「それは、センスが子どもっぽかったということでしょうか」
「そんな。こちらがあれこれ想像していただけだから」
 思わず微笑むナナシに含みを感じたのだろうか。相手は少々気を損ねたように眉を寄せた。確かに、成人男性相手に年若いなどの感想はあまり気分のいいものではないだろう。
「なんていうのかな。まるで初めて選んだものを贈ってくれてるような、そういう類の愛らしさを感じたもので」
 言いながら、ナナシの表情から微笑みは消えない。愛らしいものは愛らしいので仕方がないのだ。ナナシは良くも悪くも自分の感性に素直な質だった。それを感じ取ったのか、男がそれ以上苦言をこぼすことはなかった。

「ところで、貴方のことはなんと呼べば?」
「ああ、失礼しました。僕は……」
 こうして二人きりで呑みにまできたのだ。名前を尋ねるのは当然の流れだった。男は神経質そうな顔を一瞬伏せ、名を口にする。
「アマイモン、です」
──アマイモン。
 ナナシはそれを口の中だけで繰り返す。なんだかミステリアスな響きだ。しかし男のどこか浮世からは隔絶された雰囲気とは不思議と合っている気がする。
「異国の方ですか?」
「ええ。まあ、そのようなものですかね」
 アマイモンが微かに答えを濁すのを、ナナシはとくに気に留めない。何故ならその名前の響きが気に入ったから、それが本当だろうと嘘だろうと彼にとっては些細なことになってしまったのだ。

「なにか飲みましょう。お好きなものはありますか」
 なかなかメニューを手に取ろうとしないアマイモンに代わり、ナナシはそう促した。カウンター越しに見えるとおり、ここには多くの酒類が揃えられている。流石に城下に店を構えているだけあるということだろう。アマイモンは促されるまま、瓶やグラスのパレードを眼球の動きのみで捉える。
「……すみません、酒の類は明るくなくて」
 そして、心底申し訳なさそうにそう言った。まさかそんな答えが返ってくるとは、ナナシは意外に思った。エルプシャフトの男で、酒を嗜まないというのは珍しい。とはいえ、向き不向きは当然のことだ。体質が関係することもあるだろう。
「もしかして呑めない?」
「いえ、そういうわけでは」
「良かった、じゃあ私に任せてもらっていいかな」
 ナナシの提案に、アマイモンは素直に首肯した。見た目は自分とそう変わらない年齢と思えるのだが、もしかしたらこういった場所に脚を伸ばすのも初めてなのかもしれない。アマイモンからはどこか市井に染まっていない純粋さを感じる。口振りの真面目さから、普段はあまり遊びのない人物なのかな、とか、また要らぬ想像をしてしまう。これはもはやナナシの癖だ。普段フィクションに多く触れているからか、彼の想像力は豊かだった。しかしこの豊かさこそが彼の表現や演技にも繋がっているのは確かだ。

 アマイモンの方はというと、時折店内を横目で盗み見る以外は、ずっと食い入るようにナナシを見つめている。その視線が心地よく、ナナシはさらに気分を上向けた。すっかりリラックスした様子のナナシとは対照的にアマイモンの表情はどこか固いままだ。

「それで、何故僕の贈ったものを劇中の小道具として使ったのか、というところですが」
 注文も終えたところで、ようやく本題に入る。ナナシがあんなことをしなければアマイモンだっていつもと同じく、人知れずまっすぐ帰路につくはずだったのだ。
 生真面目な問いに、またナナシは相好を崩す。彼の笑い方は僅かに息を漏らす程度の穏やかな笑みだ。その吐息が聞いているアマイモンの耳に残る。
「いつも花を贈ってくれる貴方に、なにか私からも返答をしたくなって」
──だからこうして顔を見せてくれて嬉しい。
 ひどく甘ったるい声で彼は言った。
 その言葉節からは、切に喜びが滲んでいるように思える。十分成熟した大人である彼なのに、時折こうして無邪気な部分を垣間見せられると、アマイモンは内心どんどん感情が昂っていくのを感じていた。

 もう言うまでもないとは思うが、アマイモンはナナシのファンである。

 彼にとって、ヴィータの文化は特殊で、馴染みのないものばかりだった。アマイモンと同郷の者たちはみな、多かれ少なかれヴィータ文化に溶け込むことに苦労を覚えている。その中でも一際勉強熱心な者たちがいて、それら伝いに歌劇という文化を知るに至ったのだ。物語を語って聞かせるだけなら小説や詩と変わらない。そう思って足を踏み入れた先で、ナナシに出会った。

「僕には依然として分からないままだった。喜怒哀楽にそれほど重きを置くこと自体が、うまく理解できなくて」

 しかし、そこに彼が現れた。ナナシの表現する“死”に、アマイモンは初めて、すとんと腑に落ちたように感情の動きを理解した。

「惹き込まれたのです、貴方の表現する“死”に」
 アマイモンの目にしたいくつもの脚本の中で、ナナシは愛する者のために死んだ。義勇のために死んだ。理不尽の元に死んだ。愛憎の果てに死んだ。そして、今夜、彼はアマイモンの贈った花を手に死んだのだ。
 無論それらはフィクションである。しかしそこへ至る感情や情緒の魅せ方は見事の一言だった。
 メギドにも死はある。しかしヴィータにとっての死は、アマイモンが思うよりもずっと身近なものなのだろう。特に、自分や近しい者の死については。ヴィータの生は短い。だからこそ感情に流され、またそれを良しとすることができるのかも知れない。

「気付かせてくれた貴方に感謝と敬意を、と」
 アマイモンの語ることを、ナナシは黙って聞いている。口を開かずとも、その眼差しのみで十分に自分の言葉を受け止めてくれていることが分かり、アマイモンの語り口にも徐々に熱がこもっていく。
「その、貴方は毎夜さまざまな姿を見せてくれるでしょう。僕なりにその演じた姿をイメージして贈っていたのですが……、」
 さきほどナナシが言い当てたことはほぼ正しかった。花を贈る文化もヴァイガルド特有のものだ。アマイモンはそれを模倣したに過ぎない。
「……つまり、あの花たちは貴方に似ていると」
 何故かは分からない。しかし自然とそう思ったのだ。そこまで言ってしまってから、アマイモンは、はっと我に帰る。
「すみません。植物に喩えられるなんて、気を悪くしましたか」
 なにしろ、ヴィータの価値観はいまだ掴みきれていない所が多い。誇り高いメギドであれば下等生物に喩えられることは屈辱以外の何者でもないことだろう。
 アマイモンの危惧をよそにすぐ隣の美しい顔は瞳を綻ばせていた。

「……いや。貴方はとてもロマンチックな人だ。すごく好きだよ、そういうの」
 すごく。好き。
 ごく単純な言葉をぶつけられたのに、かえって混乱することがあろうとは。幸い、アマイモンとの会話をナナシはたいそう楽しんでいるようだった。アマイモンは普段から会話を楽しむタイプではないため、彼とこうして向き合うのは不安でならなかったのだが、それはどうやら杞憂だったようだ。
 謎の熱に掻き乱されるアマイモンが内心を宥めていると、目の前にグラスが置かれる。注文したものがようやく差し出されたらしい。
 もはやアマイモンはナナシの身振り手振りからいっときでも目を離すことを惜しい、とすら感じていた。しかし他ならぬ彼の選んだものだ。酒文化もヴァイガルド特有のものと言っていい。などと理屈を並べたて、なんとか名残惜しさを押し殺し、目の前のグラスに目を向ける。

「お酒があまり好きではないとのことだったので。カクテルは目でも楽しめるというところに美点がある」
 そう彼が言う通り、透明なグラスに注がれた液体は透き通る赤色をしていて美しかった。アマイモンにとって酒は一部の、あの野蛮で粗野な連中が日がな浸っているものであり、品のいいイメージのないものだったが。
「美しいですね」
 率直な意見を述べると、ナナシがまた微かに空気を震わせる。舞台上の、あの堂々とした振る舞いとは変わり、隣にいるナナシの声はむしろ密やかで、意識しないと周りの雑音にかき消えてしまいそうなほどだった。自然、アマイモンの聴力は全て彼の音を聞き取るためだけに使われるようになる。ナナシはそんななか、悪戯っぽく言った。実はね、と。どこか、秘密ごとを教えるような、そんな声色だった。
「貴方からもらった花の名前がついたカクテルなんですよ」
 たったそれだけだ。それだけの言葉が、アマイモンを目紛しい眩暈へ誘った。

 アマイモンは智将である。策謀を張り巡らすことに関しては他の追随を許さない、死を紡ぐ策王。
 それがどうだ。たった一人のヴィータの機微にここまで翻弄されることが、あっていいだろうか。
 無論、武力で以ってすれば彼一人陥落させることはあまりに容易い。しかしそれはアマイモンの望むところではなかった。

「ナナシさん、僕は貴方の芝居に本当に惚れ込んでいるんです」
「ありがとう」
 なんの捻りもない賞賛は、彼にとっては聞き慣れたもののはずだ。それでもアマイモンの賛辞を受け、ナナシははにかんで応えた。その表情の引力といったら!
 つい小一時間前まで、アマイモンにとってナナシは舞台装置のひとつに過ぎず、ヴィータ行動分析のための資料だった。それが、こうして会話を重ねれば重ねるほど彼の真の内面の魅力に気付かされていくことになろうとは。それを自覚するほど、アマイモンの中に堪え難い気持ちが湧いてくる。
 この男の演じる全てを隈なく五感で味わいたい。必要なのは真なる理解だ。だというのに。純メギドである自分には劇中のシナリオが表現することの半分も理解できていない。それは一体何故か。聡明なアマイモンにはその理由が分かっていた。

「僕の生まれ故郷には恋愛という概念がないんです」
 舞台上のストーリーは、恋愛を題材にしたものが非常に多い。何度も歌劇を通すことでそれの意味することはぼんやりとは把握しはじめてもいる。しかし、恋だ愛だを巡って人々が争ったり、ときには命まで投げ打つ、というのには疑問符が浮かぶばかりだった。それがアマイモンには口惜しい。
 アマイモンの一連の告白には、流石のナナシも驚いたようだ。なにしろ、いわば生存戦略の一端ともいえる恋愛を一切知らないのだというのだから。ヴァイガルドは広い。交易のある街同士ならばともかく、少し場所を離れればもうそこは未開の場所だ。そんな文化圏があることを安易に否定はできない。それにアマイモン自身の純粋さがそこからきているのだとすればそれは十分説得力のある話だった。同時に非常に興味深い話でもある。また、彼の言っていることが全て真実なのだとしたら、それはどんなに演者冥利に尽きることだろう、とも。

「そうだね、私にとっても恋愛感情はとても大事な感情のひとつだよ」
 アマイモンが“死”によって人間の感情を理解したのであれば、ナナシにとっては恋愛こそがより大きな感情を生む源泉であった。
 だからこそナナシは色恋を嗜むことに積極的だ。こと芝居に関してのみ述べるなら、彼はきわめて真摯な男だった。

 持論を滲ませながら、ナナシはグラスに口をつける。そのさますら、絵画を切り取ったかのようにさまになる。尖った喉仏が上下するのを見つめていたい気持ちを抑え、アマイモンは顔を上げて彼に向き直った。

「ナナシさん」
「はい」
 アマイモンにはひとつの策が浮かんでいた。
 これはヴァイガルドの文化を学ぶため。今後どうなるか分からない戦局の中、戦地となりうる場所の特性をより理解するための歩み寄りなのだ。アマイモンは誰にするでもなく、これから実行する行動への根拠を並べ立てた。

「僕と恋仲になるつもりはありませんか」
 それはあまりに唐突な提案だった。それを告げたアマイモンの、目の前の瞳もわずかに驚きの色を見せる。恋愛の概念がないと言ったその口から告白を聞かされているのだから。しかし驚きに表情を固めたのはその一瞬だけで、すぐにナナシの顔は嫋やかな笑みへと返った。
 二人の間をしばしの沈黙が流れる。店内は相変わらず人の気配でざわざわしていたため、それはあくまで二人のみに流れる静けさだ。
 グラスの縁を指でなぞりながら視線を寄越すナナシの様子は、返答に迷っているようには思えない。その眼差しは他ならぬアマイモンの中から答えを探ろうとしているようでもあった。こちらに目を向けながら、明確な答えを示さない彼にアマイモンの心は焦れる。焦れた末につい、ナナシからの返答を待たずして口走ってしまった。

「その他多勢が良くて、僕ではいけない理由があるとでも?」
 それを耳にして、ナナシの笑みはいっそう深いものになる。
 アマイモンの言葉はナナシの悪癖を知った上でのものだ。彼の色事に奔放なさまはそれなりの語り草になっているため、どこからか耳に入ったのだろう。
「それを知っていて、今夜の誘いを受けたの?」
 こちらを見つめ続けるアマイモンの熱に、ナナシの胸には期待と好奇の色が沸く。

「……存外悪いひとですね」

 月の光を思わせる柔らかさで、魔性が笑った。

アマイモン×歌劇俳優 改め、アマイモン×魔性の男でした。