2

 麦わらのルフィ、革命家イワンコフ、その同胞イナズマ。七武海ジンベエ、そしてサー・クロコダイル。強烈で、奇妙な顔ぶれが同じ方向へ突き進んでいる。その中でヴィノも負けじと走りながら、前を行く背に向けてとにかく話しかけまくっていた。
 
「砂のひと!砂のひと! ね、どうして捕まってたの?イワンコフとは知り合い?きみも海賊なの?」
「……オイ、なんなんだこいつは」
 
 しばらく無視を決め込んでいたクロコダイルもとうとう耐え切れなくなったようだ。獄卒たちを倒し次々に道を切り開いていくなか、煩わし気に口を開く。
 ヴィノを連れてきたのはイワンコフだ。だが、彼/彼女とてヴィノの人となりについて詳しいわけではなく、こうしてなかば無理やり連れてきたのも歴戦の直感に過ぎない。もともとどこもかしこも凶悪犯揃いだ。誰に声をかけようと大した差はないといえばそれまでだ。
 
 実際、イワンコフの狙いは当たっていた。物理的に悪いものを全て吐き出したヴィノは妙にすっきりした顔で、あれだけ使いたがらなかった能力を惜しみなく解放した。おそらく、彼自身試したことがないほどの出力で。立ちはだかる獄卒たちは人であれ獣であれ、泡を吹いて倒れていく。風上にいれば攻撃範囲からは逃れられるが、堅牢な閉鎖空間がいまは逆に脱獄者たちの味方となっていた。
 
 無差別なそれがこちらまで及ぶ前にクロコダイルの砂嵐が容易く吹き飛ばす。いつの間にか囚人服から着替えた黒いコートがはためいた。同じくどこかから調達したらしい葉巻を燻らせて。
 その姿に、ヴィノは一層目を輝かせた。いまの彼はクロコダイルの何もかもが肯定的に見える魔法にかかってしまっているのだ。道を急ぎながらもイワンコフは笑いを堪えられていない。状況が状況じゃなければ一思いに笑い転げ、三日三晩それをいじり倒して酒の肴にしたいくらいだ。そんな彼/彼女からの揶揄の目を敏感に察知し、クロコダイルは睨みつけた。
 
 能力にも相性がある。どんなに凶悪で万能に思える能力であっても、ときどき天敵ともいうべき能力者と出会うことがある。ヴィノにとってのクロコダイルはそれだ。彼の「渇き」の力は触れたものだけでなく、周りの空気にすら瞬時に渇きを与えることができる。直接浴びせられるならまだしも、空気中に溶け込んだアルコールくらいは簡単に枯らせられるのだ。そして大して戦闘に長けた様子もないとくれば、ヴィノがクロコダイルへ攻撃を与えられることは万に一つもないだろう。
 まさに、天敵。絶対に惹き合いたくない相手。畏怖し、毛嫌いするのなら分かる。しかしヴィノから向けられているのは溢れんばかりの熱視線だ。全く意味がわからない。そこにクロコダイルは薄気味悪さを感じていた。
 そのうえ、七武海がなんたるかも知らない様子だ。それこそアラバスタでのクロコダイルの前代未聞の企ては世界的な特大ニュースである。それを知らないというだけで、この男の人生がいかにちゃらんぽらんなものだったか説明するには十分だった。
 
――馬鹿は相手にしないに限る。
 というのはクロコダイルの持論である。彼としては、ここを出て目的さえ果たせればそれでいいのだ。そのためには腹の中にどれだけ黒いものを隠していようがお利巧に黙っているくらい造作もない。その結果、つきまとわれるのを許すことになってもだ。
 
「……ボス、なんですそいつは」
「訊きてえのはこっちだ」
 
 膨れあがる大混乱。それに乗じた脱獄者の数もまた然りだ。殺し屋・ダズは「灼熱地獄」での責苦にも、ついにひとつの呻き声もあげなかった石像のごとき口を開いた。自分の上司にまとわりつく優男を怪訝に指差し、「誰」ではなく「何」と。あのクロコダイルを相手に平気な顔でべたべたできるとは、それだけで珍妙で、得体が知れないものである。
 
「あんたのファンですか」
「随分と面白えこと言うじゃねえか、ダズ」
「いえ。然程でも」
 機嫌が急降下するのを感じ、ダズはそっと目を背けた。その間もヴィノの目は二人のやり取りを行ったり来たりしている。
「よろしく、ダズ!」
「…………」
 満開の笑顔で、成すすべもなくよろしくされてしまった。
 
 クロコダイルによって助けられ、この男についていくとついさっき心に決めたダズではあっても、見えている面倒事をわざわざ踏むほどには盲目ではない。幸い、ヴィノの興味はほとんどクロコダイル一人に向けられている。細腕を砂化した腕で掻い潜りながらクロコダイルは恨みがましい目つきで部下を見た。